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俺の友達紹介で初めて湘南美容クリニックに行くと今ならお互いに5000円分のポイントが貰えるよ。よかったら行ってみてね! 後藤輝樹 お客様番号:200 0007 180178 湘南美容クリニック横浜東口院

書評依頼「ジュニオール」(灰谷音屋)

書評依頼「ジュニオール」(灰谷音屋)

 

書評依頼を頂きました。
有り難うございます。
感謝です。


1巻から3巻まで読みました。

何の氣なしに読みましたが、思ったより良かったです。
4巻以降が楽しみです。

 

 

【ネタバレします!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は政治家を目指していますが、

その理由の1つに、
(志摩と同じく)俺も、
クソみたいな大人の世界を
ぶっ壊そうというのがあります。

 

 

主人公【五十嵐ジュニオール】が、
メチャクチャ、
サッカーが上手いのに、
サッカーをやらない理由。

 

 

「――アレ」
「……なんか うるさいから」

 

 

ジュニオールの才能を目にした
同級生の志摩は、
サッカー部にジュニオールを勧誘しますが、
ジュニオールに断られます。

 

ジュニオール
サッカーがメチャクチャ上手いのに、
サッカー部ではなく、美術部を選びました。

 

ジュニオール
サッカー部に入らない理由を、
サッカー経験者である志摩は
氣付きました。

 

 

 

どんなに上手かろうが……
あんな存在
「大人」が必ず潰しにかかる!
五十嵐(アイツ)が
もしユースや強豪で
まともにサッカーやってたら……
100%無理矢理にでも
周囲の「大人」が
姿勢を矯正する
……五十嵐はそれを知っている

 

 

志摩は、
名古屋のプロサッカークラブで、
サッカーをしていた元サッカーエリートで、
大人のサッカーで、
大人に潰された選手の一人でした。

 

志摩はジュニオールに出逢った事で、
改めて、誓います。

 

「あんな大人にだけは……
――絶対にならない!!」

 

 

元サッカーエリートの志摩ですが、

今、所属しているサッカー部は、
岐阜県立可児第三高校の
弱小サッカー部。

しかし志摩には秘めた野望があります。


『古い常識に囚われた世間の大人たちとは違う「自分だけのサッカークラブ」をいつか必ずつくってみせる!』

 

俺も志摩同様、
「あんな大人にだけは絶対にならない」
という野望があります。

志摩とジュニオールを足して2で割ったのが俺、後藤輝樹と考えてください。

 

最初は、

志摩からの誘いを断っていたジュニオールですが、
毎日のように勧誘する志摩によって、
心が動いていきます。

 

 

『…「お約束」ってヤツさ…芸術家は気まぐれで…ヒーローは遅れて現れる…でもそのあとは……知ってんだろ?』

 

 

この展開は痺れましたね。
この時、向こうは杉浦を警戒し、
ジュニオールはノーマークでしたからね。


この段階でも
ジュニオール
サッカー部に入るなんて
言ってなかったですからね。


登校時の杉浦のひと悶着の影響は
あったと思います、
ジュニオールの心境の変化に。


言葉には出さずとも。
ジュニオールは芸術家ですから。
見せて、示します。

 

ジュニオール自身、
嫌な思いをしてきたでしょうから、
強者や世間の普通だとか、
そういうのに対して
自由にオチャメしたいという思いは
あるのかと思います。

オチャメができないのなら、
美術部で自由に
絵を描きたいという感じかと思います。

 

アタックチャンス

自由にサッカーをする
ジュニオールに対して、
他の部員が不満を持ち始め、
ジュニオールをマネして、
自由にサッカーをやりだしてしまいました。


いくら才能があるとは言え、
ジュニオールだけ特別扱いしていたら、
チームが組織として崩壊しかねない。


そこで志摩が考えたのが
アタックチャンスです。

 

志摩は部員達に語ります。

 

アタックチャンスとは、

俺たち

可児三(かにさん)サッカー部に入部した全員に

与えられる特別なモノ。

遊園地のアトラクションチケットみたいに

心の底からサッカーを楽しむ権利だ。

知ってのとおりサッカーはチームスポーツ。

味方のために走って…

チームのために犠牲になって…

戦術を皆で忠実に実行する、それが基本だ。

…でも、生まれて初めてサッカーをやったとき、

俺たちは、いったい何が楽しかった?

「誰かのために」

「何かを我慢すること」?

そんなヤツいねえだろ☆

どんな戦術も、

いかなる状況も、

どれほど無意味で危険なプレーでも、

この瞬間だけは全てが許される。

心に描いた最高に自分勝手で楽しいプレーを。

もう俺たちは誰かのために何かを我慢しなくても構わない。

状況や環境や能力や立場なんかで

俺たちは創造力にブレーキをかけない。

可児三に所属する全員がサッカーを楽しむ権利を持つこと。

それがアタック★チャンスなんだ。』

 

そしてアタックチャンスにはルールがあります。


「戦術も戦局も全てをブチ壊すアタック★チャンスは一試合につき一人一回まで。ウチの10番である五十嵐は3回まで。俺たち全員で決めた可児三のルール。」

 

【同志】


理解(わか)らない

なぜ我慢するのか

あれだけ楽しそうに練習したプレーを

なぜ彼らは試合で使用しないのか

理解ったのは

サッカーとは「我慢するもの」

どうも

そうらしい


これはジュニオールの言葉です。

 

「もう我慢しなくても構わない。だからさ、そのためのアタック★チャンスだ。これからは…俺たちも五十嵐みたいにプレーしようぜ!」

志摩のこの言葉を受けて、
ジュニオールが躍動します。

 

「出逢ってから…ずっと。サッカーに対して受け身だった五十嵐が…あの五十嵐が自分からボールを欲しがった……!何が起こるか想像できねぇ!!」

 

誰にも理解されなかった

ひとりぼっちの少年は

今初めて同じ「楽しみ」を共有する仲間を得た。

五十嵐の中で何かが変わりつつあった。

 

ジュニオールが躍動し始めたところで、3巻が終了です。

続きが楽しみです。

 

勝つために大人のサッカーをする事も
僕は否定はしませんが、
子どものサッカーで勝てるなら、
そっちのほうが最高じゃないですか?

 

もちろん現実的な考えで言えば、
大人のサッカーをしたほうが賢い。

 

多くの人は大人のサッカーを選択するでしょう。

 

だけど、
理想を掲げる無謀なバカが
少しくらい居ても、いいのかな?
と思います。

 

俺も、そんなバカの一人です。

 

そんなバカ扱い、
ダメ扱いなのですから、
ダメでもともと。
もともと期待されていないのです。

 

それにワールドカップで優勝したとしても、
身長が2倍になるとか、
寿命が延びるとか、
そういう訳でもありません。

 

自分らが競い合ってるものは、
たかが、そんなものです。

 

だったら自分らしく楽しみ、
人の心を生かし、勝ちたいと思います。

 

適材適所で、
どんな人間にも
意味はあるし価値はあると
僕は思っています。

 

という事で、

後藤輝樹様より愛を込めて、お前ら愛してるぜ!

 

令和元年7月2日 追記

 

これを書いた翌日、思い出しました。

俺もジュニオールと同じでした。

 

もちろん、

ジュニオールほどサッカー上手くないですけど、

僕も中学でサッカー部に入って、半年で辞めたんです。

確かに「なんか、うるさかった」です。

 

僕は楽しくサッカーがやりたかったので、

学校のお昼休みや、

土日に近くの小学校で、

友達集めてサッカーやってました。

理由は、

「俺様が氣持ち良くなりたいから」

もちろん当時の僕は、

俺様が氣持ち良くなりたいから、なんて理由で、みんなを集めません。

子どもの頃の僕は賢かったので、

世論誘導、印象操作、民主主義、多数決などを用いて、

場を作っていました。

「俺様が氣持ち良くなりたいから」という意思は全く表に出さずに。

そんな事を言ったら、みんな来てくれないから。

(僕は、どうすれば選挙で勝てるか、分かっている人間です。)

 

サッカーで一方的に、

5対0で勝ったり、

0対5で負けたりしたら、

場が冷めるので、

ジャンケンでのチーム決めや、

僕のプレーで、

なるべく5対4とかで勝てるように

場を操作してました。

時に、良いプレーをして、

時に、手を抜いて。

アホの子のふりして。何食わぬ顔して。

(1対0で勝っても面白くないじゃん)

 

ジュニオールほど上手くはないけど、

楽しい試合を創れる子でした僕は。

 

大人に近づくにつれて、

僕は、もうその頃、自分の志のために、

縁を切って孤独になろうか、どうか、

という感じで、

その、「場創り」という操作を、

しばらく放棄してたら、

いつの間にか、

メンバー固定のチームが出来ていました。

なんとなく僕もユニフォーム作って、

一応、入ってみましたが、

そこには楽しくないサッカーがありました。

 

まだ、ウチのチーム内は、

(僕もいますし)悪くないほうでしたが、

対戦相手のチームが

マジで勝とうとしてきて、

そうなると怒ったり、

ウチのチームメンバーの主力にはやらないくせに、

メンタル優しそうなヤツに

試合中イラついたりマウンティングしてきたり、

そういうヤツがいて、

サッカーやりにいって楽しくありませんでした。

毎回同じ対戦相手ですから、

負け続けたりすると、もうホント楽しくありません。

 

チームを作ってしまった事で、

メンバーをシャッフルできず、

僕の力で、場を操作できなくなってしまいました。

あるのは、一生懸命サッカーして勝つのみ。

部活動ほどガチガチではありませんが、

そこにあったのは、大人のサッカーでした。

 

僕も、当初は頑張ってみましたが、

それに氣付いてからは、

楽しくないので、行かなくなりました。

「俺様が氣持ち良くなれないから」です。

 

自分の志のため、

離れるには、ちょうど良いタイミングでした。

 

もちろん、

こんな話は今まで誰にもしてません。

昨日、ジュニオールの書評依頼を書いて、

今日、思い出した事です。

 

世の中には、

真剣にサッカーをしたい人と

楽しくサッカーできればいいという人、

二種類いるかと思います。

僕と同じような感じの人もいたかと思いますが、

概して、世の中は、

真面目や真剣に引っ張られてしまう傾向にあります。

時には、

「楽しいと思う事」に

罪悪感を持たされる事もあるかもしれません。

僕は強いので、楽しく生きられます。

なんだったら、やろうと思えば両立もできます。

そんな僕だからこそ、

「楽しく生きる事」を奪われてしまった人達を

救えるのかなと思います。

 

勝ち負けも大事なんですけど、

僕は楽しくサッカーがやりたかったんです。

それは今でも同じなのかと思います。

僕の選挙を見ても、そうです。

勝ち負けも大事なんですけど、

僕は、僕らしく選挙で立候補したいんです。

僕らしく生きられなかったら、そんな世界は意味がありません。

 

今でも僕は、

5対4でサッカーをしてた頃と、ほとんど変わっていません。

やっている事は変わっていません。

唯一変わった事があるとすれば、

「俺様が氣持ち良くなりたいから」という意識を

前面に出している事です。

 

あの頃の僕は、

今ほど強くなかったので、

処世を生きにくために、

自分の本音を

それなりに隠さなければいけませんでした。

前面に出してしまえば、

イジメられたりハブられたりするのが想像できていたからです。

だから、出さないのではなく、出せなかったのです。

なので僕は、

印象操作、世論誘導、多数決などの民主主義を駆使して、

自分の都合良いように思い通りに生きていました。

僕的には騙しているつもりは一切ありませんが、

当時も皆周囲は、僕の事をアホ扱い、軽視していましたので、

(そういう風に僕は意図的に見せていたので)、

僕の賢さを見抜き、氣付いてる人は、あまり居なかったと思います。

あ、でもそれは、今も同じかもしれません。

政見放送を見て、アホと思う人と、こいつはスゴイと思う人と。

 

20代前半に、

僕は周囲と縁を切り、孤独、孤高になり、捨て身になった事で、

失うものは何もない、本音で生きようと、腹をくくって今を生きています。

なぜ本音で俺が生きるか、生きなきゃいけないのかと言えば、

もちろん俺個人の、

もう本音でありのまま生きたいという思いもありますが、

一番は、

本音でぶつからなきゃ、日本が変わらないと思ったからです。

 

今の日本は 、ウソや誤魔化し、偽善が多すぎます。

在日米軍がいるのを見ても然りです。

 

日本が変われば、世界も変わります。

五大国だけが核兵器を持てるのは、おかしいです。

 

チンコマンコが言えないのも

モザイクで隠さなければいけないのも、おかしいです。

(お前らの宗主国アメリカは隠してないぞ。)

俺は命懸けで本音を言ってます。

まっとうな事を言ってます。正論を言ってます。

敗戦後の日本には、

大人のサッカーや賢い生き方をする人は沢山います。

だからこそ、

命を懸けて、本音でぶつかるバカが必要かなと思って、俺は生きています。

 

自分の志のためには、

つまり、世のため人のため恩返しのためには、

僕は、僕の命、僕の人生を使う事を惜しみません。

 

いかに死ぬかを見つけるため、僕は生きてます。

それまでは、この世界のために、全力で貢献したいと思っています。

 

以上です。