後藤輝樹様の公式ブログ

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3-1「今回の選挙ポスター、選挙公報、選挙ビラ、選挙ハガキについて」後藤輝樹様の選挙戦記「皇暦2679年(西暦2019年)神奈川県議会議員選挙編」

3「今回の選挙ポスター、選挙公報、選挙ビラ、選挙ハガキについて」

イラストレーターの記録を遡ってみると、皇暦2677年(西暦2017年)9月28日 から選挙公報には取り掛かっていたようだ。と言っても、大まかな枠組みを形どる程度に過ぎない。何故ならば、選挙公報で訴えるメッセージは、直近の時勢を反映させるべきだし、反映させたいと俺が思っているからだ。なので1年以上前からガッチリ創りこむ事はナンセンスである。皇暦2677年(西暦2017年)7月2日の東京都議会議員選挙において、俺は「国民ファーストの会」公認として立候補した。その話をすると長くなるので割愛するが、その経験があったので、皇暦2679年(西暦2019年)の統一地方選挙でも政治団体を創って、その政治団体の公認として立候補するつもりだった。理由は、そうしたほうが、どういう主張を持った候補者なのかが有権者に伝わるからだ。もっと細かく言えば「有権者が投票用紙に候補者の名前を書く時」や「有権者選挙公報を見る時」などにおいて、無所属と書いてあるよりも、政治団体名が書かれてあったほうが、候補者の主張を届けやすいと俺が思ったからだ(しかし人によっては色が付いた政治団体名よりも無味無臭の無所属のほうが良いという場合もある)。今、思えば、都知事選の時も、そうしておけば良かった。しかし、無所属で出ていた理由も、それなりにはあった。旧・後藤輝樹様の公式サイトを見てもらえば分かるが、俺の実現したい政策は無数にある。何か特定のワンイシューの候補者と思われたくなかったというのがあった。なので、色を付けずに、無味無臭の無所属として立候補して、あとは政策を見て、吟味してください、というスタンスが当初からあったのだ。その考えは今でもある。しかし、皇暦2677年(西暦2017年)の都議選で「国民ファーストの会」を名乗らざるを得なかったために(いずれは後藤輝樹党を立ち上げるにしても)この当時においてこだわっていた無所属というスタンスを崩さざるを得ない事になった。国民ファーストの会を名乗らざるを得なかった理由は、木の葉崩しならぬ「小池崩し」のためであった。俺は、俺様以外の事は眼中に無い人間なので、当初は小池さんの事も興味がまったく無かったが、小池都知事の都政運営を見てて、こいつクズだなと思い、立ち上がった。何がクズかと言うと、自分が総理大臣になるために、露骨なまでに都民と都政を踏み台にしていたからだ。世間ではアホみたいに小池旋風が席巻していたが、俺にはそれが如実に分かった。ただ単に、それに俺が氣付き、俺が行動できる状態だったために行動したに過ぎない。お花畑の都民を騙せても俺は騙されない。別に俺は、都知事が、総理大臣を目指す事は否定しない。政治家を目指す以上は、総理大臣を目指すのは、自然な事だと俺は思うからだ。都知事が国政政党の代表になったっていい。しかし小池都知事は、その野望があるくせに、野望がないフリをし、なのに自らの野望がために、築地市場豊洲市場東京オリンピックパラリンピックを犠牲にし、その責任に対しては全てを前任者らの押し付け、自分は素知らぬ顔の正義のジャンヌダルクを決め込む。人間のクズである。小池都知事のおためごかしのやり口に辟易し、俺は小池崩しを考えたのだ。都民ファーストの会から国民ファーストの会への流れは、誰がどう考えても分かるもの。俺は黙って見ている事は出来なかった。結果、俺が「国民ファーストの会」で立候補した事で、その流れを阻止し、さらには小池都知事レームダックにする事ができた。俺様は強者は叩くが、弱者には優しい、だから、(俺様の立場から見て)弱者となった小池都知事を俺は、それ以上は叩かない。小池都知事には、まずは都民のために、心を入れ替えて、精進して欲しいと、俺は思っている。そして結果を残せないのであれば、都知事という権力に固執せずに、都知事職を辞職すべきだと俺は思う。今のところ、小池都知事は結果を残しているとは言い難い。都政を混乱させただけであり、これなら舛添都知事のほうがまだマシだったかもしれない。その辺の都議選関係の事を書くと、また一冊の本になってしまうので、今回は、この辺に留めておく。そういう訳で、おそらく小池陣営が使いたかっただろう名称の「国民ファーストの会」公認で俺は都議選に出た。そして、小池都政を徹底的に批判した。その結果、俺は無所属で無くなってしまったため、それ以降は、無所属である事に固執しなくなってしまったのだ。むしろ「国民ファーストの会」という色を削ぐために、色んな政治団体から立候補したいとさえ思っている。もっとも国民ファーストの会は、ワンイシューという訳ではなく「(日本)国民第一」という考え方には幅があるので、そんなに色が付いてない政治団体ではあるが。それと実は、公にしていないだけで、複数の政治団体をすでに設立している。なので皇暦2679年(西暦2019年)の統一地方選挙に出馬するにあたっては、どういう名称の政治団体から立候補するか、兼ねてから検討していた、いや熟考していた。皇暦2678年(西暦2018年)1月17日の時点では「東京を世界一の都市にする会」「日本を世界一の国にする会」という案を出していた。この案は、俺のスローガン(みたいな感じ)の「日本を世界一強く世界一優しく世界一面白い(美しい)国にする!」から由来している。 皇暦2678年(西暦2018年)3月5日の時点では、「日本向上委員会」「千代田区向上委員会」という案が出ている。

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他にも、俺はポジティブなのが売りなので(日本スマイル党ならぬ)「日本ポジティブ党」というのも考えたりもした。この時点では、千代田区議会議員選挙に関する選挙公報メインに制作しており、横浜のヨの字も出ていない。その3月5日からは、選挙公報だけでなく、選挙ポスターと選挙ビラの制作もスタートした。

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選挙ポスター 2018-03-09toitu.ai

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選挙ビラ 2018-03-05bira01-3.ai

 

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選挙ビラ 2018-03-12bira03.ai

選挙ポスターのデザインは、奇抜なものを作るつもりはなく、6.94%とという後藤輝樹史上最も得票率が高かった、最初の選挙ポスターのデザインをベースにし、選挙ビラに関しては目黒区長選挙の時に創ったものをベースに、制作に取り掛かった(選挙ビラの主張は今とほとんど変わっていない。ブレないさすが俺様)。 皇暦2678年(西暦2018年)4月25日の選挙公報制作では 「NHK の受信料制度を廃止する党」という案を考えた。